今、新型コロナの感染拡大抑止が正念場を迎えている。
尾身茂さん(新型コロナウイルス感染症対策分科会長)は、その最前線で活躍する1人。
これまでSARS(重症急性呼吸器症候群)や新型インフルエンザへの対策など、多くの実績を持つ感染症対策の専門家だ。
高橋佳子著『ゴールデンパス』では、その尾身さんが1990年から10年の歳月をかけて成し遂げた西太平洋地域のポリオ根絶が、「ゴールデンパス」(絶体絶命の中に開かれる奇跡の道)のイメージを伝える事例の1つとして取り上げられている。
当時は、専門家の誰もが「アジア地域で病気を根絶するなど不可能」と考えている状況で、実際、尾身さんの前には、医学的な問題から資金の問題、各国の政治的・社会的問題まで、あらゆる困難と壁が立ちはだかった。
中でも、中国でのポリオ根絶作戦で、尾身さんは国家と向き合うことになる。実は、中国のポリオ患者の大半は、第2子以降の小児であり、その理由は、中国の一人っ子政策にあった。つまり、第2子以降の子どもは予防接種台帳に登録されず、接種が受けられないのだ。
問題解決の方法を間違えれば、国家間の問題になりかねない難局に立たされた尾身さんは、思案の挙げ句、上司と共に中国の保健大臣に面会を申し入れ、交渉に挑む。率直に問題を伝え、対策を迫る尾身さんに、保健大臣は静かに耳を傾けていたものの、結局、明解な回答はなかった。
ところが、その後、道の険しさをいっそう強く実感した尾身さんに、保健省から「中国全土の保健関係者が一堂に会する会議を開くので、あなたも参加してほしい」との連絡が入る。会議に出席した尾身さんは、熱気あふれる場の中で、改めてアジア全体のポリオ感染の状況を説明。そして、その後、過日交渉した保健大臣が登壇し、こう発言したのである。
「来るべき『特別予防接種期間』では、第何子であろうが、登録居住地がどこであろうが、すべての子どもにポリオワクチンを接種してください。これが中国におけるポリオ根絶の条件です」
尾身さんは耳を疑った。そして感激し、「これで中国でのポリオ根絶は成功する!」と確信する。こうして、中国における約8000万人の子どもへのワクチン接種に成功。公衆衛生史上、空前の出来事となった。
また、カンボジアやフィリピンでは、内戦や政情不安が続き、ワクチン接種どころではない。そんな状況下で、大統領と交渉し、予防接種のための「停戦協定」が成立。期間中は武器を置いて、子どもたちにワクチン接種が行われた。
尾身さんは、医学の道に入る前、慶應義塾大学法学部で学び、外交官か商社マンを志していた。そうした素養が、難しい国家間の問題に立ち向かう上で力になったのかもしない。
しかし、10年の歳月をかけて達成した西太平洋地域のポリオ根絶の原動力は、何よりもそのことを絶対に成し遂げるのだという尾身さんの不退転の志だったのではないか。
「ゴールデンパス」(The Golden Path)は、目に見える道ではない。目に見える世界と目に見えない世界のエネルギーが共鳴し合い、響き合う中で、思いがけずもたらされる、光り輝くひとすじの道──。
このコロナ禍にも、ゴールデンパスが開かれることを切に願ってやまない。
(編集部N)
『ゴールデンパス──絶体絶命の中に開かれる奇跡の道』(高橋佳子・著)
四六判並製 定価 1,980円(税込)