先日、ずいぶん昔に読んだ『精神と物質――分子生物学はどこまで生命の謎を解けるか』という本がなぜか気になり、書棚から取り出してみました。
この本は、立花隆さん(ジャーナリスト)による利根川進さん(分子生物学者)へのインタビューをまとめたものです(利根川さんは、1987年日本人として初めてノーベル生理学・医学賞を受賞。選考委員から「医学界の大きな課題を見事に解き明かした100年に1度の大研究」と評された研究者です)。
何気なくページをめくっていると、以下のやりとりが目にとまりました。
立花:遺伝子によって生命現象の大枠が決められているとすると、基本的には、生命の神秘なんてものはないということになりますか。
利根川:神秘というのは、要するに理解できないということでしょう。生物というのは、もともと地球上にあったものではなくて、無生物からできたものですよね。無生物からできたものであれば、物理学及び化学の方法論で解明できるものである。要するに、生物は非常に複雑な機械に過ぎないと思いますね。
立花:そうすると、人間の精神現象なんかも含めて、生命現象はすべて物質レベルで説明がつけられるということになりますか。
利根川:そうだと思いますね。もちろんいまはできないけど、いずれできるようになると思いますよ。……人間が考えるということとか、エモーションなんかにしても、物質的に説明できるようになると思いますね。いまはわからないことが多いからそういう精神現象は神秘な生命現象だと思われているけれど、わかれば神秘でも何でもなくなるわけです。早い話、免疫現象だって昔は生命の神秘だと思われていた。しかし、その原理、メカニズムがここまで解明されてしまうと、もうそれが神秘だという人はいないでしょう。それと同じだと思いますね。精神現象だって、何も特別なことはない。
その後、立花さんが、「人間の精神活動は一種の幻のようなもので、物質レベルで説明をつける意義はないのではないか」と疑問を呈すると、利根川さんはこう返しています。
利根川:その幻って何ですか。そういう訳のわからないものを持ち出されると、ぼくは理解できなくなっちゃう。いま精神現象には重さも、形もない、物質としての実体がないとおっしゃいましたが、こういう性状を持たないもの、例えば電気とか磁気も現代物理学の対象になっているわけです。ぼくは脳の中で起こっている現象を自然科学の方法論で研究することによって、人間の行動や精神活動を説明するのに有効な法則を導き出すことが出来ると確信しています。……
立花:生命現象を物質に還元してゆく極端な立場として、本当に生きているといえるのはDNAなんであって、人間とか動物とか、生きている生命の主体と考えられているものは、実はDNAがそのとき身を仮託しているものというか、身をまとっている衣みたいなものだという考え方がありますね。
利根川:ぼくもね、基本的にはそういうことだろうと思っていますよ。地球の歴史の上で、あるとき物質が化学進化を起こしてDNAというものができた。それがずっと自己複製しながら、進化をつづけてここまでやってきた。それが我々ですよ。みんなDNAと自分の自我をわけて考えているから、そういうことをいわれるとギョッとするけれど、我々の自我というものが、実はDNAのマニフェステーション(自己表現)にすぎないんだと考えることも出来るわけです。……
立花:そうすると、いわゆる超越的なものには、ぜんぜん関心がない。
利根川:関心はありますが、非常に強い疑心を持って対処します。神のようなものが存在するとは思っていない。
(立花隆・利根川進『精神と物質』より)
この議論から浮き彫りになるのは、科学至上主義――まさに「唯物的人間観・世界観」です。
利根川さんは、「原理とメカニズムが解明されれば、そこにはもう神秘はない」と語ります。
しかし、科学によって解明されるのは、ものやことの全体ではなく、ごく一部に過ぎません。
「自然は、私たちの前に神秘そのものとしてあります。自然を知ることができたと思ったとき、それ以上の神秘が立ち現れているのです」(『新・祈りのみち』より)
「一人ひとりの存在/恵まれる出会いと出来事/そのいずれであろうと/私たちに把握し切れるものではありません。
野に咲く花、空飛ぶ鳥の美と平和/出来事、出会いに託された意味/一人ひとりの存在の内なる尊厳/それはみな/人間の思量を超えたもの/計り知れない神秘が湛えられているものです。
そのあるがままの尊さを畏れと敬いをもって受け入れる心、それが畏敬です」(同)
畏敬の念――。
『ゴールデンパス』では、「この畏敬の念こそ、人間が失ってはならない普遍的な宗教性であり、ゴールデンパスを求める21世紀の時代精神の基になければならないもの」と記されています。
上記のインタビューが行われたのは30年ほど前ですが、20世紀を席巻した科学的な人間観・世界観は、今もなお私たちの心に強い影響を与えているのではないでしょうか。
唯物的人間観・世界観と「魂の学」の人間観・世界観。
『ゴールデンパス』の著者、高橋先生は、私たちにこう問いかけています。
「一貫した生き方として、どちらを選ぶのか――。それは、ゴールデンパスを求めて歩み出す今、私たちが真に問うべき選択です」
(編集部N)
『ゴールデンパス──絶体絶命の中に開かれる奇跡の道』(高橋佳子・著)
四六判並製 定価 1,980円(税込)