皆さんは、新型コロナのワクチン接種をすでに受けられましたか?
昨年来、世界を震撼させてきた新型コロナウイルスも、ワクチンが開発されたことによって、感染拡大に歯止めがかかり、発症率や重症化率も大きく低下しています(新たな変異株によって感染再拡大の兆候はありますが)。
当初、未知のウイルスとして恐れられ、ワクチンも治療法も確立していなかった状況は大きく変わり、世界はアフターコロナの時代に向かって動き出していると言えるのではないでしょうか。
その転換に大きな役割を果たしたのが、従来のワクチンとは大きく異なる、ウイルスの遺伝情報を使ったmRNAワクチンです。
ファイザーやモデルナのmRNAワクチンは、突如、彗星のように現れた印象がありますが、mRNAを生物に注入する研究と実験は、すでに20年以上前から行われていました。
しかし、ウイルスのmRNAは人体にとって異物であるため、免疫によって強い炎症反応が起こってしまうという問題があったのです。
その問題を解決したのが、ハンガリー出身の生化学者カタリン・カリコさん(66歳女性)でした。
カリコさんたちの研究グループは、実験を重ねる中で、mRNAの構成成分の一部を変えることによって、免疫による炎症反応を回避できることを発見し、2005年に論文を発表します。この論文の成果が、のちの新型コロナワクチン誕生に決定的な役割を果たすことになるのです。
そのカリコさんには、波乱に満ちた過去がありました。
東西冷戦の最中にあった1985年、カリコさんは、夫と2歳の娘とともに、共産主義だった故国ハンガリーを脱出。わずかな現金をテディベアのぬいぐるみの中に隠して、アメリカに渡ります。
アメリカの大学に就職は決まっていたものの、「お金もなく、片道の旅でした。だから地獄のように働きました。生き残るために」と語るカリコさん。
mRNAの研究に没頭しますが、まったく評価されずに研究助成金も得られず、1995年、大学から降格処分を受けてしまいます。
それでも研究をあきらめなかったカリコさんは、ある日、学内で免疫学者のワイズマン教授と出会うことになります。そして、その出会いから始まったワイズマン教授との共同研究が、先の2005年の論文に結実するのです。カリコさんとワイズマン教授の共同研究チームは、その後も、mRNAワクチンにつながる重要な基礎研究を次々に発表してゆきます。
しかし、周囲の不理解や、大学側が2005年の論文の特許を売却するなど、試練と不遇は続きました。
そんなカリコさんに目を付けたのが、ドイツの医薬品ベンチャー企業、ビオンテックでした。2013年、カリコさんは、当時まだ無名だったビオンテックの副社長に迎えられます。彼女いわく「もう私は若くない。残りの人生をかけて、mRNAで誰かの役に立ちたいと思いました」。そして、家族がいるアメリカと勤務先のドイツの往復生活が始まります。
そんな中で起こったのが、新型コロナウイルスのパンデミックでした。
ここで、いち早くmRNAワクチンに着手したのが、ビオンテックの創業者、ウグル・シャヒン氏とその妻、エズレム・テュレジさんです。2人はともにトルコ出身の医師・科学者で、mRNAを使ったがんの治療薬の開発を進めていました。
2020年1月、武漢で新型コロナウイルス発生のニュースを聞いたシャヒンさんは、「これは世界的な流行になる」と予感したと言います。
その後、中国から新型コロナウイルスのゲノム配列が発表されると、mRNAを使った新型コロナワクチンのアイデアが閃きますが、ウイルスに関する情報が少なすぎて、1種類のワクチンではうまくいかないと考え、わずか2週間で20種類のワクチン候補をコンピュータ上で設計します。そして、その中から、動物実験や臨床試験で候補を絞り込んでいったそうです。その間、ビオンテック社の研究者を総動員し、24時間体制のプロジェクトが組まれました。
ビオンテック社は、以前よりインフルエンザワクチンの開発でファイザー社と協力関係にあったことから、新型コロナワクチンの治験・製造販売で提携を結びます(もし、大規模な治験のノウハウを持つファイザー社との協力関係がなかったら、事はスムーズに運ばなかったかもしれません)。
一方、モデルナ社も、カリコさんたちの研究成果の特許供与を受け、もう1つのmRNAワクチンの開発に成功します。
そして、2020年12月、英国が世界で初めてファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチンの緊急使用を認可し、世界各地での接種が始まったのです。
実は、mRNAワクチンの開発には、日本人による研究も貢献しています。
mRNAは、体内に入るとすぐに分解されて効力を失ってしまうので、そうならないために、ひも状のmRNAの端に「キャップ」と呼ばれる構造を付加するそうですが、ワクチンに不可欠なそのキャップ構造は、1975年、日本人研究者によって解明されていたのです。
いかがでしょうか。
ワクチンの開発は、通常、5年から10年かかると言われ、新型コロナワクチンも、どんなに早くても数年はかかると予想されていたのが、わずか1年で、しかも驚異的な有効率を示す優秀なワクチンが完成しました。そして、mRNAという新技術が使われたワクチン接種が行われるのは、人類史上初です。
まさに今、私たちは、壮大な実験と挑戦の中で、次なる時代を開こうとしているように思います。
そして、mRNAワクチン開発の足跡をたどってゆくと、そこに、ひとすじのゴールデンパスの輪郭が透けて見えてくるようです。
もし、カリコさんが命がけでアメリカに出国しなかったら。
アメリカでの挫折と不遇の中で、研究をあきらめてしまっていたら。
ワイズマン教授との出会いがなかったら。
無名だったビオンテック社に移籍しなかったら。
ビオンテックのシャヒンさんの直感と迅速なプロジェクト体制がなかったら。
ビオンテックとファイザーの協力関係がつくられていなかったら。
日本人研究者によるキャップ構造の解明がなされていなかったら。
……
これらの1つでも欠落していたら、絶妙のタイミングで新型コロナワクチンは誕生しなかったに違いありません。
まるで、新型コロナウイルスのパンデミックを阻止するために、関わる1人ひとりが、1つ1つの出会いと出来事がコーディネートされたかのように、人智を超えた大いなる存在、宇宙の計らいの中で、ひとすじの光り輝く道が開かれたのではないか、と思うのです。
(編集部N)
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