今年は太平洋戦争が始まってから80年。
その発端となった真珠湾攻撃の指揮官・山本五十六が再び注目されています。
アメリカに先制攻撃をかけて大きな戦果を上げた山本五十六は、当時、国民的英雄として絶大な人気を集めていました。
しかし、彼自身の想いは、それとは大きく異なり、終始、アメリカとの戦争に強く反対していたのです。
たとえば、アメリカとの戦争の一因となったドイツ・イタリアとの三国同盟についても、「ドイツに与することは、必然的に英米旧秩序を打倒せんとする戦争にまきこまれることであり、日本の海軍軍備とくに航空軍備の現状をもってしては、対米英戦争には勝算はまったくない」と語り、同盟締結を阻止すべく奔走しています。
当時のドイツは、ヒトラー率いるナチス政権。ヨーロッパで連戦連勝のドイツに目が眩んで軍事同盟を結んだ多くの人々の中で、山本さんの心は悲痛な叫びを上げていたに違いありません。「戦争が始まったら、東京は3度も4度も丸焼けになる」とも語っています(渡米経験のある山本さんは、日本をはるかに上回る工業力を持つアメリカと戦争をしても、勝てる見込みはないことを知っていました)。
しかし、山本さんの努力も空しく、政府と軍の中枢部によって同盟は締結され、日本は戦争へと巻き込まれてゆきました。
日本が国家としてアメリカやイギリスとの戦争を決定する命令を下し、連合艦隊司令長官の職にあった山本さんは、否応なしに真珠湾攻撃を遂行せざるを得なくなります。
当時の山本さんは、親友への手紙の中でこう語っています。
「個人としての意見と正確に正反対の決意を固め、その方向に一途邁進のほかなき現在の立場は誠に変なものなり。これも命というべきか」
時代・社会に渦巻いていた、暗転への巨大なうねりのようなエネルギーを如何ともしがたく、自らの意に反して戦わざるを得なかった山本さんの悲しみと無念の想いが伝わってくるようです。
山本さんは、深い人情を持つ人でもありました。
こんな逸話があります。
かつて自らが率いた航空隊のパイロットの1人が戦死し、その弔問に訪れた山本さんに、亡きパイロットの父親が、生前息子がお世話になったことへの感謝と御礼の言葉を述べたときのこと――。その話をじっと伏し目がちに聞いていた山本さんは、一言も発せず、微動だにしませんでしたが、突然、身体を崩し、弔問者の群衆のさなかであるにもかかわらず大声で慟哭し、ついに床上に倒れてしまったそうです。
また、山本さんは、黒革の手帳を肌身離さず持ち歩いて、時間があれば、その手帳を開き、目を閉じ、また目を開き、そんな動作を何度も繰り返し、30分でも1時間でも1人でじっとしていました。
その手帳に何が書いてあったのか、誰も知りませんでしたが、山本さんの死後、遺品の中から見つかったその手帳を遺族が開くと、そこには、戦死した部下の氏名、階級、戦死の日と場所、本籍や住所、遺族の氏名などが細かい字でびっしりと書かれていたそうです。
山本さんが部下の1人ひとりをどれほど大切にし、その死を悼んでいたのかが伝わってくるエピソードです。
何としても戦争を回避したいという想いとは裏腹に、戦いの最前線に巻き込まれていった山本五十六――。そこに、3つの「ち」、とりわけ時代・社会から流れ込んでくる「知」の恐ろしさを思わずにはいられません。
80年を経た現在、私たちの時代の「知」は、当時とは大きく異なっています。
その1つが、唯物的人間観・世界観であることは間違いありません。
3つの「ち」の中でも、時代の「知」は、「血」(家族)や「地」(地域)と違い、すべての人が同じようにその洗礼を受けているがゆえに、自覚することが一層難しい。それゆえ、自ら自身の内界をくまなく見つめ、どのように時代の「知」が流れ込んでいるのかをよくよく検証する必要性を感じます。
そして、『ゴールデンパス』の著者・高橋先生が問いかけてくださっているように、今、私たちは、唯物的人間観・世界観を選ぶのか、魂としての人間観・世界観を選ぶのか、その選択を迫られている――(『ゴールデンパス』p66~67)。
後者を選んで生きる1人ひとりのネットワークによって、来るべき時代の新たな「知」をつくってゆきたいと思います。
(編集部N)
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