「まだ何の形も輪郭もなく、結果も結論も出ていない、様々な可能性と制約、光と闇を内に秘めた混沌とした状態」。それが、「魂の学」で言うカオスです。
目の前の現実、未来からやってくる出会いや出来事はすべてカオスです。
カオスは、ゴールデンパスの旅の出発地でもあり、幾度となくカオスという言葉に触れていると、ついわかったつもりになりがちですが、考えてみると、カオスはとても不思議な存在です。
『未来は変えられる!』(高橋佳子著)の中に、こんな一節があります。
私たちの心が無関心ならば、どんな可能性のあるカオスも、無機的な石の塊のようにしか見えません。逆に、欲得でカオスに接すれば、どんなにリスクがあっても、自分に都合のよい宝物にしか見えなくなってしまいます。すぐに「無理」「できない」とつぶやく否定的な心でカオスに触れたなら、本当は、輝くばかりのチャンスが眠る肥沃なカオスも、不毛な痩せた土地にしか見えないでしょう。
どんなものにもなれるという点で、カオスは、変幻自在の妖怪のようでもあり、iPS細胞のようでもあります。同じカオスでも、人によって、石の塊に見えたり、宝物に見えたり、肥沃な大地に見えたり、不毛な痩せた土地に見えたりする。そして、各人が同じカオスをまったく違う現実に結晶化させてしまう。
しかし、カオスは勝手気ままに形になるわけではありません。
カオスがどのような現実に結晶化するのか、そこには厳然たる方程式があります。
この方程式は、カオスと私たちの受発色(心)の化学反応によって、光転の現実、あるいは暗転の現実が生まれることを示しています。
つまり、カオスは、千変万化する私たちの心に素直に反応し、その心のままの形になってゆく――。
たとえ意識しなくても、私たちは誰もが、日々、ひっきりなしに受発色をしてカオスに形を与え続けています。
目の前の現実をカオスと思わなくても、この方程式は厳然と作用し、はたらきます。
よかれと思って快・暴流の心で突き進めば、法則のままに、カオスは快・暴流が導く暗転の現実になり、「こんなはずではなかった……」と嘆くことになります。
苦・暴流、苦・衰退、快・衰退もしかりです。
しかし、目の前の現実を「カオス」と受けとめると、カオスは、その内側に秘めた可能性や制約、光と闇を惜しげもなく私たちに見せてくれるのですね。
そして、私たちは、そのカオスの顔つきや表情を眺めなら、自らの心を整え、浄化し、カオスを光転の現実に結晶化することができる――。
ある意味で、それは、見えないエネルギーを操る超能力のようにも思えます。
高橋先生は、このようにおっしゃっています。
「カオス発想術」を体得することは、単に新たな発想法を1つ身につけるというようなものではありません。それは、本書で紹介するすべての方々がそうであるように、世界観が一変するほどの変化をあなたにもたらします。たとえるなら、天動説が地動説に塗り替えられるにも等しい革命なのです。なぜなら、あなたの周りにあるものすべて、訪れる出来事すべてが、以前とはまるで違った様相としてあなたに迫ってくるからです。(中略)
「カオス発想術」が少しずつ自分のものになってゆくとき、あなたは、世界はこれほどまでに生き生きとして、エネルギーに満ち、豊かな表情を湛えたものであったのかと、その姿に驚き、その魅力に心奪われることになるはずです。(『未来は変えられる!』より)
改めて「カオス発想術」の奥深さ、素晴らしさを思わずにはいられません。
何度も学び直し、深めてゆきたい生き方です。
(編集部N)
『ゴールデンパス──絶体絶命の中に開かれる奇跡の道』(高橋佳子・著)
四六判並製 定価 1,980円(税込)