先週、世界各国の選手たちの力の限りを尽くしたオリンピックが閉幕しましたが、時を同じくして、将棋界では、19歳の藤井聡太2冠が2つのタイトル戦を同時に闘っています。
2016年、史上最年少の14歳でプロ棋士となり、翌年、公式戦29連勝という新記録を達成して、一躍、社会の注目の的となった藤井さん――。その後も将棋界の記録を次々と更新し、快進撃はとどまることを知りません。
近年、AIによる膨大なデータによってあらゆる新手が研究し尽くされ、プロのトップ棋士たちの実力はまさに紙一重。そんな中で、藤井さんは、トップ棋士でも想像できないような妙手を連発しています。
たとえば、昨年の棋聖戦第2局で、現役最強と言われる渡辺明名人を相手に、藤井さんは、「△3一銀」という手を指します。一見、プロ棋士が見てもぱっとしない手で、渡辺さんも「? そんな手でいいの?」と思ったそうです。
しかし、後日、その局面をAIで分析すると、4億手読んでも、その手は候補手にすら挙がってこなかったのが、なんと6億手まで検索していったとき、「最善手」として浮かび上がってきたそうです。藤井さんのその手は、のちに「AI超え」と呼ばれるようになります。
結局、その手が決め手となり、藤井さんは勝利を収めました。
敗れた渡辺名人は、こう語っています。
「過去にもタイトル戦で負けたことはあるけど、この人にはどうやってもかなわない、という負け方をしたことはありません。でも、今回はそれに近かった」「負け方がどれも想像を超えてるので、もうなんなんだろうね、という感じです」
トップ棋士も、AIですらなかなか発見できなかったその手を、藤井さんがなぜ見つけることができたのか。対局中の藤井さんが、AIのように6億手のすべてをしらみつぶしに検討したとは思えません。そうではなく、そこには、余人の及ばないほどの意識の集中があり、見えない次元との共鳴があった――。そして、その心に最善手が「降りてきた」のではないかと思うのです(ちなみに、藤井さんの並外れた集中力について、お母さんは、「幼い頃、将棋のことを考えながら歩いていて、溝に落ちたことが2、3回あった」と語っています)。
『ゴールデンパス』に、以下のような一節があります。
「スポーツの世界にも、ゴールデンパスに通じる道があります」「競技者の集中力が高まって特別なプレーを生み出す状態をフロー、あるいはゾーンと呼びますが、まさにその瞬間、奇跡のプレーが生まれるのです」(『ゴールデンパス』第1章より)
考えてみると、対局者の1手1手によってつくられる将棋の局面は、そのすべてが結論が出ていないカオスであり(1つの局面には約30通りの選択肢があり、10手先は約6万通りの選択肢に枝分かれしていると言われています)、100手以上に及ぶ1局において、最善手を指し続けることがいかに至難の業であるか――。まさにそれは、奇跡の道(ゴールデンパス)を探し求めることに通じているように思います。
オリンピックやパラリンピックも、ゴールデンパスという視点をもって選手たちの極限のプレーを観てゆくと、さらに面白く観戦できるかもしれませんね。
(編集部N)
『ゴールデンパス──絶体絶命の中に開かれる奇跡の道』(高橋佳子・著)
四六判並製 定価 1,980円(税込)