改めて「ゴールデンパス」とは何でしょうか?
本書を読まれた方ならば、それは「黄金の道、光り輝くひとすじの行路」と答えられるに違いありません。
私自身、編集を通して何度も読み、また、発刊後も再読しているのですが、あるとき、「ゴールデンパスとはこういうもの」という自分なりのイメージが出来上がっていて、それ以上深く理解しようとしていない自分がいることに気づきました。
ゴールデンパスは、知れば知るほど、その奥深さと豊かさに圧倒される計り知れない道──。だとすれば、わかったつもりになっていることはもったいないですね。
プロローグに、このような一節があります。
「ゴールデンパスは、起死回生の道であると同時に、すべてを輝かせる道です。
ゴールデンパスは、単なる成功物語の道ではありません。
ゴールデンパスは、勝つことによって負ける人を生まない道です。
ゴールデンパスは、勝ちの中にしかない道ではなく、負けの中にもある道です。
ゴールデンパスは、始まる前は、そんな道があるとは考えられなかったのに、それが見出された後から振り返ると、それ以外の道は考えられない道です。
つまり、ゴールデンパスとは、まさに奇跡のような道なのです。……」
これらの文章を読むと、ゴールデンパスがどれほど奥深く、希有な道であるのかが伝わってきます。
一文一文、いったいどういう意味なのだろうか、具体的にはどういうことなのだろうか……その真意を考え始めると、簡単に「わかった」とはとても言えない気持ちになってきます。
続く第1章では、このように書かれています。
「心を浄化し、心の受信・発信の力を育んで、その法則に完全に調和するとき、私たちは、宇宙・自然の本質と響き合い、共振するのです。ゴールデンパスが現れるのは、まさにそのようなときです」
「私たち自身が発する周波数と宇宙の摂理が共鳴し合う『宇宙との響働』によって、ゴールデンパスは現れるのです」
この一節から、ゴールデンパスは、私たちの心の周波数と宇宙の摂理が共鳴しないと開かないことがわかります。つまり、自らの心の闇を浄化し、歪みを修正することがどうしても必要なのですね。まさに、以下のような言葉もあります。
「関心を持つのは自分のこと、目先のこと、お金のこと──。つらいこと、苦しいことは避けるべきもので何の価値もない。生きている間に何をしようと自分の勝手。欲しいものをどこまでも貪り、人に迷惑をかけようと、誰かを傷つけようと関係ない。やりたいことを勝手にしたあげく、人生の幕が下りれば、すべて終わり──。死んだら終わりで一切が無に帰してしまう。そんな生き方からは、ゴールデンパスは生まれようがありません」
しかし、自分の努力だけでゴールデンパスが開くのかと言えば、それだけではないと本書は語ります。
「雨乞い師がタオの力を得たように、私たちが宇宙・自然の根源に触れ、共振したとき、今まで起こり得なかったことが起こる──。ゴールデンパスは、そのように、法則に調和しようとする人間の努力の上に、それを超える、世界そのものからの贈り物としてもたらされるものなのです」
第1章に登場する経営者の北川さんと海老名さんも、心境の深まりとともに、当の本人は、自分がその道を開いたというより、「どこかから、もたらされた」と感じていた──。
ゴールデンパスは、自分を変えようとする努力の上に、大いなる存在からもたらされる贈り物なのですね。
本書は、プロローグから第5章まで、章を追うごとにゴールデンパスを歩む準備が着々と整えられてゆくとともに、ゴールデンパスの姿形が少しずつ明確になってゆきます。
ゴールデンパスの「出発地」、「目的地」、そして出発地から目的地へ「運ぶ力」……遠くから眺めていたときは漠然としていた細部の色彩や陰影が見えてくる感じがします。
ゴールデンパスとは、いったいどんな道なのか――。
本書をじっくり読みながら、1つ1つ確かめ、そのイメージを豊かに膨らませてゆくのも意外と楽しいかもしれません。
最後にもう1つ、ゴールデンパスを示す一文をご紹介します。
「世界に満ちる様々な困難(現実)を解決し、新たな未来(理想)をつくり出してゆくプロセスが、ゴールデンパスだということです」(第3章)
これを読むと、今、世界中のすべての人が心から求めているのが、まさにゴールデンパスであることを思わずにはいられません。
(編集部N)
『ゴールデンパス──絶体絶命の中に開かれる奇跡の道』(高橋佳子・著)
四六判並製 定価 1,980円(税込)