わが国にユング心理学、箱庭療法などを紹介した河合隼雄さんは、生涯、悩みを抱える多くの患者さんに寄り添った心理療法家であり、文化庁長官も務めた幅広い活動で知られています。
『ゴールデンパス』では、内と外の共振の事例の1つとして、次のような河合さんの言葉が紹介されています。
──患者さんが治ってゆくときには、何か「ものすごくうまいこと」が起こる。患者さんが治っていった話をそのまま書くと、あまりに都合のよいことが起こり過ぎて、小説の作品にはならない。そんなうまいことが起こる小説では納得がいかない。でも、実際に患者さんが治ってゆくときには、極端なことを言えば、「外へ出たら1億円が落ちてた」くらいのことがよく起こる。──
私も、かつて河合さんと一緒に仕事をしたことがありますが、とても心の深い人でした。
相手の心の奥を見抜き、しかもそれを温かく受けとめるような気配とともに、実に楽しくユーモアにあふれる人でもありました。
心理学の学会で、まだ経験の浅い大学院生の事例発表の座長を河合さんが務めると、その教室は超満員となり、入りきれない多くの人々が廊下や階段まで人垣をつくっていました。若い学生の事例発表を河合さんがどう解釈し、どんなコメントを述べるのか、そうそうたる心理臨床家の方々が一言も聞き漏らすまいと集まってくるのです。
そんな河合さんは、「意味ある偶然の一致」(シンクロニシティ・共時性)について、このように語っています。
「アメリカで初めてシンクロニシティのことを聞いたとき、衝撃とともに、これこそ新しい科学論の中核となることだ、と私は予感した。これについて1952年にユングが発表したときは、ほとんど注目されなかったが、現在において『新しい科学』を考えようとする人は共時性に強い関心をもっている」
「私の実感では、雨乞い師の態度は、心理療法家のひとつの理想像という感じがある。……心理療法家は、内的には一番多くの仕事をしなければならないし、心的エネルギーの消費量は一番高いと言っていいだろう。雨乞い師が『道』(タオ)の乱れている村を避けて小屋を立て、自分を『道』の状態にするためには、どれほどの集中力を要したかを考えてみるとよい」
河合さんは、2007年、病のために逝去されましたが、もし、今、この『ゴールデンパス』を読まれたら、どんな感想をおっしゃるのか──ぜひ伺いたいと思わずにはいられません。
(編集部N)
『ゴールデンパス──絶体絶命の中に開かれる奇跡の道』(高橋佳子・著)
四六判並製 定価 1,980円(税込)